Vol.44 2013年1月25日(木)
「耕二。(退官したら、)お前に連絡場所は教えない」。
研究書や文献が無造作に山ほど積まれた研究室で、大学教授をあと一年ほどで辞するO先生は、私に言いまし
た。先生とやっと、自然体で、”差し”で、話せるようになった、40代半ばの頃のことです。大学を卒業して20数年
の歳月が過ぎていました。先生の”凄さ”が多少分かり始めていました。
仕事のストレス。リーマンショック。父母の老い。義母を介護していた義姉の病。理想と現実。閉そく感。焦り。怒り。・・・・・。
先生に聞いて欲しいこと。先生と語り明かしたいこと。山ほどありました。
「先生は、隠居しようというのか(俺たちを見捨てるつもりなのか。この時代に背を向ける気か)」。先生から何の返答もありません。そもそも、なぜ連絡を断つのか。理由すら先生は話してくれません。
先生に謝らなければなりません。
今思えば、私は、先生に、甘えたかったようなのです。先生を頼りにしたかったようなのです。今思えば、ただそ
れだけのことです。
甘えられたり、頼りにされたりすることはあっても、甘えたり、頼りにすることは難しくなる。とうの昔に、私はそんな歳に達しています。バカバカしいほど当たり前のことを、先生は私に教えたかったのかもしれません。
「そんなに怒るな、耕二。別れは必然だ。それは突如やってくるかもしれない。ならば今宵は、酒を飲みかわし、ただただ楽しもうじゃないか」。先生はこういういことを伝えたかったのかもしれない。
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガセテオクレ
ハナノアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏鱒二(2004)『井伏鱒二全詩集』岩波書店,pp.59

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先生は、「袂を別つ覚悟も必要」ということを伝えたかったのか・・・。
「予は都合あり、予備門を退学せり。志を変じ、海軍において身を立てんとす。愧ずらくは兄との約束を反故にせしことにして、いまより海上へ去る上はふたたび兄と相会うことなかるべし。自愛を祈る」
司馬遼太郎(1999)『坂の上の雲(一)』文藝春秋,pp.211

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「俺は俺の”やりたいこと”を、”やりたいように”やる」「お前もお前の”やりたいこと”を、”やりたいように”やれ。昔(学生)の頃のように」。先生はこう私に言いたかったのかもしれません。
いや、先生には、私に言いたいこと、伝えたいことなど何もなかった。先生には事情があった。ただ、それだけの
ことだったのかもしれません。
http://www.kkkiduki.jp/article/14226229.html
先生との別れ。私に甘えを絶つ覚悟を芽生えさせました。 近年の親族との永久の別れも同じです。
親しい方、愛する方との別れ。覚悟する等の学習を支援する上において有効なのかもしれません。