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※本文は某中学校の校内誌(名称:学年通信)に木下が寄稿したものです。

 「中二の頃どんな子供だったかな?」「何になりたかったんだっけ?」「どんな悩みをもって
いた?」。中二になる息子はかつての自分(私)を蘇らせ自分が辿ってきた道のりを教えてくれ
る。息子は私の先生である。
 「私も母の先生だったのだろうか?」母は3年前の春桜舞う中逝った。今でもふとした時に
涙があふれる。電車で人目もはばからず涙を流す50代の男は奇異だ。私は死を知っていた。
しかし理解できていなかった。死を受け入れたり、乗り越えたりする実践的な練習は圧倒的に
不足していた。
 私はこの数年母から死を、息子は今先生から代数らを教えてもらっている。今息子は生や代
数らを勉強した方がいい。死を学習するのはまだ早い。勉強するにはそれが何であれ頃合があ
るようだ。頃合は逃さない方がいい。がむしゃらに学習するだけだ。学習はおそらく一生続く。

 この5月青森に10日ほど滞在した。ホタテ、イカ、リンゴ・・・。おいしかった。中腹から山頂
にかけて残雪をたたえた岩木山の佇まいは美しい。すそ野はかぎりなく広く夕陽を浴びた山影
は神々しくもある。津軽富士と形容されるのもわかる。リンゴの花が芽吹き、菜の花畑はまぶ
しかった。
 白神山地の生態系の多様さは類を見ない。世界遺産に登録された要因のひとつはこの多様さ
だという。白神山地の動植物は食べる物や住む(根を伸ばす)場所を“ずらす”ことで厳しい自
然の一刀両断から逃れ多様性を保つ。ある場所で生きていけなければ別の場所へ一歩踏み出し
いろいろな場所で各々が“しっかり”と生きている。

 ある領域での優秀さはその領域に限っての話だ。一歩外へ踏み出すと優秀さは保障できない。
逆説的に表現するとある領域で優秀でなくても別の領域に行けば、一歩踏み出せば、変われる
可能性がある。自然は一歩踏み出す(翔:飛ぶ)ものにはチャンスを与える。寛容に接する。
そして自らの多様性を維持する。
 組織や企業が生きるマーケットも同様だ。品質で差別化するか、顧客との関係性の巧みさで
差別化するか。高付加価値で儲けるか、低コストで儲けるか。多様だ。テストの成績やサッ
カーのプレーが思い通りにいかなかったのだろうか。息子が気分を乱しているように感じる時
がある。「気にするな」。私の本心である。ある程度やってみてうまくいかなければ別のとこ
ろへ行けばいい。そこでうまくいくか。そこが気に入るか。行ってみないとわからない。だか
ら人生は面白い(と私は思っている。そうでない人も多いかもしれない)。

 恐山へ足を延ばした。下北半島の霊場で「死んだらお山(恐山)に行く」という言い伝えが
地元に残っているという。先立った子供をなぐさめる風車(かざぐるま)が「カラコロカラ」
と音を立てている。イタコを介して故人と話ができるらしい。母と話したいとは思わない。母
のおかげであれこれ死を考え調べた。多くの人から助けてもらった。死に関する学習はあとも
う少しで一区切りを迎える。電車で涙を流すことがなくなる日も近い。
 どうせやるならある程度極めることを私は薦める。ある程度極めれば、“これ以上は無理”と
諦めがつけば、心置きなく新たなところに行ける。ここでやっていくか、新たな地を目指すか。
彷徨い続けることは基本お薦めしない。その瞬間も時は過ぎている。人生は思いのほか短いの
ではないだろうか。

 息子が生後5か月のころ心臓に疾患を抱えていることを知った。命に別状はないという。人
一倍元気な姿に泣けた。3歳になり当該疾患が改善されている(全快)との診断がなされた。
風車(かざぐるま)を見ていてその頃を思い出した。
●心身ともに健康である。
●最後はひらめき、勘に任せる。信じる。
●人智のおよばぬ事象(例:雄大な自然)に接する。
●物事の関係性を全体で捉え、大きく、長期的に、多面的に判断する。
●しっかり稼ぐ。そして大切に使う。
●重要さを見極める。重要なことに時間を使う。
●信頼できる仲間をつくる。
●能力(知識、スキル、態度、意欲etc.)を鍛え高める。
 疾患が改善(全快)した頃自戒も込め密かに息子に希望した。今も揺らいでいない。父の秘
密の一つを教えてもよい頃合にまで息子は成長してくれた。ありがたいことだ。

 文集○○を拝見した。「みずみずしい感性」「あふれんばかりの情熱」「限りない可能性」「自
由闊達さ」「青臭い尖がり」を感じた。先々迷ったり行き詰ったりしたときこんな感性や情熱、
尖がりをもっていた事実を思い出せば役に立つかもしれない。卒業論文が楽しみである。多く
を学ぶだろう。

 息子の、またその世代の歩む時代(2000年頃〜2085年頃)はこれまで私が歩んできた(歩
む)時代(1963年〜2050年頃)とは異なることも多い。アイデアやイノベーションが、スピード
が、自分軸といったものが、より重みを増すだろう。ある領域でそこそこ“やれている”からと
いって(歳をとっているから当然だ)彼らの素晴らしい感性や情熱、可能性の芽吹きを摘んで
しまわぬよう気をつけよう。そのために私も成長しよう。雲に隠れた白神山地に思いを馳せな
がら津軽平野の上空で思った。

著書

2023年4月発売 
ダイナミック・ケイパビリティのフレームワーク: 資源ベース再構成の組織能力
 日本マネジメント学会賞(山城賞(本賞)受賞
発行所:中央経済社 
統合的な調査・分析の枠組みに基づき、グローバル・ニッチ・トップ企業のM&Aに係るダイナミック・ケイパビリティの実相を、ミドルマネジメントの観点から探究

著書

2014年9月発売 
仕事の基本(経営コンサルティング・ノウハウ2)
発行所:中央経済社 

マネジメントの振り返り(内省/ リフレクション)に役立つ!