コラムB そもそも思考 本質を探究する

Vol.52 2013年6月5日(水)
 「研修をお願いしたいんですけど」
 「はい、わかりました。で、どうして研修をお考えなんでしょうか?」
 「実は、困っているんです・・・」
 「詳しく話してもらえますか?」
 「ある事業部の営業マンのやる気が低く、新製品が売れないんです」
 「それはお困りですね。」
 「はい。困っているんです。営業マンのやる気を高めたいんです」
 「それだったら、営業マンにこれから10年ほど先までのキャリアを考えてもらいましょう。”10年後のありたい
姿”をしっかり固めて、そこにたどり着くまでにやるべきことをしっかり考えてもらいましょう。そうすれば、今の仕事
の意味をしっかり考え、そしてやる気が高まりますよ」
 「ほー。そんなやり方があるんですか。そりゃいいですね。キャリア、それでよろしくお願いします」

 おしまい。めでたしめでたし。

 現実はこんなに単純ではないですよね。
 論点を分りやすくイメージしていただくために、論点を事例に折り込み、また事例を単純化しました。

  さて、上記のやりとりにはどのような問題が隠れているのでしょうか。

 問題 その1 そもそも、モチベーションを上げる方策(目的)として「キャリアを考えさせる」こと(手段)が適切なのか?

 問題 その2 そもそも、モチベーションを上げれば(目的)、新製品は売れるのか?

 問題 その3 そもそも、新製品が売れる状況にあるのか(背景)?リストラ等、他にもっとふさわしい選択肢があ
          るのではないか?

 キーワードは、”そもそも”です。
 ”そもそも”は、無意識に当たり前としていることについて、批判的に、内省的に、「本当にそれでいいのか?」と
いう問いを投げかける際に、本質を探求する際に、そのきっかけとするにはとても重宝な言葉です。
 「”そもそも”と考えるリーダーを育成する」「社内にそもそも”と考えるマネジャーを増やす」ことを支援(教育)する
案件が増えています。
 ”そもそも”と考えないリーダー、マネジャーが増えているようです。背景に、やることがたくさんあり、”そもそも”と
考える時間を捻出できない状況の増加があります。”そのそも”思考のためには、それなりの余裕が必要です。
 イノベーション、徹底的なコストカット、新製品・サービスの開発、新規事業への取り組み・・・。経営資源の制約
の中、目まぐるしい環境変化に適応するため、組織は必死に打ち手を考え、実践に移す必要があります。
 ”そもそも”と考えるリーダー、マネジャーの存在は、組織にとって極めて重要(貴重)です。

 私は、今ほど管理職に仕事の優先順位の「力」が必要な時代はかつて一度もなかったのではないか、と思いま
す。そして、その力の根幹が「そもそも、と考え抜く」力です。パターン化された仕事をこなすのは単なる作業です
が、ルーチンの仕事をパターン化するのは「考える力」です。そして、こうして捻出した時間が、また考える環境を
保証してくれるのです。会社そのもののあり方、企業と社会の関わり合い、経済活動の意味、働くということとは何
か・・・すべてを根本から考え尽くす、という姿勢を持たない限り、いつまでも日本という国の明るい未来は見えてき
ません。
 柴田昌治(2012)『考え抜く社員を増やせ』日経ビジネス人文庫pp.8-9
考え抜く社員を増やせ! ―大転換期の「対応力」を育てる法 (日経ビジネス人文庫)←click!ひらめきAmazonロゴ小
 
”そもそも”と考える力の育成を支援(教育)する有益な学習モデルとして批判的学習モデルがあります。

 批判の対象は自分自身、特に自分の置かれた状況を無批判に“当たり前”と見なす姿勢である。つまり、自分の
行動や考え方について、学習者自身が“あるべき姿”を描くプロセスを重視し、自分自身の状況を意識的に省察す
ることを通じて、現状に対する問題意識を育むことが、批判的思考の目指す学習(批判的学習モデル)である。
 中原淳(2010)『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社pp.91
企業内人材育成入門←click!ひらめきAmazonロゴ小
 批判的学習モデルをベースに人材育成をご支援させていただく際は、つまり、『当たり前だ』『常識でしょう』『疑う
なんておまえどうかしているぞ』と無意識に思っている・考えていること、あるいは意図してそのように思いたいこ
と・考えたいことについて、『そうじゃないだろう』『これって間違ってんじゃないか』『本当にそれでいいんだろうか』
と思う・考える、そしてそれを発信する能力の向上を目指す際は、組織の中の人の力だけでは限界があることが
多く、私のような、組織の外の者に声がかかります。
 誰が言い出されたのか存じませんが、組織を変えるのは、『よそ者』『バカ者』『若者』という主張があります。この
主張の3つのタイプに則れば、組織の中の人にとって、見境なく、恥ずかしげもなく、ネチッコク、当たり前過ぎてし
ちゃならない質問をしたり、異と唱えたりする私は、ある時は、組織内の常識を知らない『よそ者』であり、またある
時は、『バカ者』と映るようです。さすがに『若者』と思ってくれる人は少ないですね。残念です(笑)。

 ”そもそも”思考は大切です。同時に、「”そもそも”を適切に使いこなせているか」とわが身を振り返ることも大事
なことかと思います。”そもそも”は大きな力を秘めているからです。強い武器ですので取り扱い要注意なのです。
 たとえば、「そもそも・・・」と切り出されると、あまり良い感じがしない状況の方が私は多いように思います。”そも
そも”には、『水を差す』力や、『批判する』力が秘められています。

 ”そもそも”の形態で批判してばかりの組織や人にも出会います。お気の毒としかいいようがありません。

 批評ということは必ずしも悪いことではありません。否、批評知には、一種独特の鋭さがあって、なかなか馬鹿に
ならぬものですが、ただいつまでもその段階にとどまっていい気になっていますと、大馬鹿に陥る危険が多いので
す。つまり批評知そのものが悪いというわけではありませんが、同時にそのままいい気になっていたんでは、人間
も真の成長はしないわけです。
 森信三(1989)『修身教授録』致知出版社pp.499
修身教授録 (致知選書)←click!ひらめきAmazonロゴ小
 まあ、偉そうに”そもそも”思考について述べましたが、自分が適切に”そもそも”思考できているかと問われれ

ば、はなはだ疑問です。平均的な人よりも”そもそも”思考を意図して、適切に使おうと努力していることに自信は
ありますが・・・。精進するしかないですね。

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