vol.21 2012年1月18日(水)
今から10年ほど前のことです。
関西にて洋菓子店を展開しているS社の定例ミーティングに同席していた際、
「自分ができないことであっても部下に指示するのが上司の役割だ!」と説い
たO部長に対し、「自分ができないことを指示するなんて私にはできない!」と
A課長が喰って掛っていました。
これも今から10年ほど前のことです。
全国のシティホテルに出店しているK社(サービス業)での経営会議におい
て、●●ホテルからの取引中止要請にどう対応しようかとの議論が白熱してい
た時のことです。
「木下さん、●●ホテルから撤退すべきでないことは、私(K社のB営業部長)
にだって分かっていますよ」
「でもですね、木下さん、分ってますか!●●ホテルは当社との取り引き中止
を決定しているんですよ!!」
「今さら、交渉も何もないでしょう(交渉しても無駄だ)!!!」。
あらためて交渉の再考を提案する私(木下)に対して、B営業部長はこう
言いました。
「だったら、木下さん、交渉してくださいよ!!」
O部長はA課長に、私(木下)はB営業部長に、どのようにしていたら影響を与えることがで
きた(受け入れられた)のでしょうか?
この問いへ答えるにあたり参考となりえる理論の一つとして
「パワーの源泉(French & Raven,1959)」があります。
この理論によれば、影響の基盤は報酬、強制(懲罰)、正当、準拠(私淑)、
専門の5つのタイプに分けられます。
●報酬
「BがAに従うことによりBがAから与えられるであろう報酬を認知すること」
に基づく影響の基盤 例:アメ
●強制(懲罰)
「BがAに反することによりBがAからあたえられるであろう懲罰を認知する
こと」に基づく影響の基盤 例:ムチ
●正当
「AはBにパワーを発揮する正当な権利を持ち、またBはAに従う義務があ
るとの意識・価値観」に基づく影響の基盤 例:上司と部下の関係
●準拠(私淑)
「BのAに対する同一視(一体でありたい)」に基づく影響の基盤
例:あの人のようになりたい
●専門
「Bが”Aはあることに関して専門能力を有している”と認知すること」に基づ
く影響の基盤 例:●●についてならあの人の右に出る者はいない
パワーの源泉の理論に基づきO部長と一緒にO部長の日々のマネジメント
やリーダーシップのあり様について振り返りました。
O部長は「強制という影響の基盤が圧倒的に弱い」、「強制という影響の基
盤をもっと活用できるよう訓練すべき」ということでO部長と合意しました。
私(木下)もこの理論に基づき自分を振り返ったところ、「報酬という影響基
盤をもっと意識して使えばいいのではないか」と気づきました。
昨今日本で人材育成のモデルとして注目を集めている経験学習は、
①経験-②内省-③概念化-④実験-以降①~④の繰り返し-という一
連のサイクルで構成されます。
個人は①具体的な経験をし(具体的な経験)、②その内容を振り返って内省
することで(内省的な観察)、③そこから得られた教訓を抽象的な仮説や概念
に落とし込み(抽象的な概念化)、④それを新たな状況に適用する(積極的な
実験)ことによって学習するのである。
松尾睦(2006)『経験からの学習』同文館出版pp.62
内省(振り返り)において、一般的に、理論は非常に役に立ちます(使えます)。
理論を基に内省(振り返り)が効果的・効率的に行え、ひいては、有効な教訓
を引き出せる可能性が高まります。
実践家の中には、理論というと「理論と実践は違う」、「理論通り行くならこんな楽なことは
ない」、「使えない」、「机上の空論」、「難しい」などと好ましくない感情を持つ方も少な
からずいらっしゃいます。
おっしゃる通りかもしれません。
状況に応じた使える理論と使えない理論の区別、使える理論の実践策への
展開等、理論を活かそうとすると骨が折れることが多々あるのも事実です。
しかし、経営者、リーダー、マネジャーなどの実践家・実務家が、この変化の
激しい環境を生き残るため、新たな教訓、斬新な教訓を自らの経験の中から
見出し、実践に繋げ、成果を上げる上では、実践家は「理論は使える!」との
信念を持ち、また「理論は使い倒す!」の気概を持って、理論を学ぶ必要があります。
また、実践家は、理論を学ぶ上において「理論が分からない、使えないのは、
自分の能力等に要因がある」との謙虚さを持ち合せることも大切です。
「理論と実践は違う」、「理論通り行くならこんな楽なことはない」など、「使え
ない理論」云々の話は、そもそも、
その状況下では使うべきでない理論を使おうとしている、
その理論を使いこなせるだけの能力がないにもかかわらずそのの理論を使おうとしている、
といった状況下で発生していることが多いのです。
謙虚さは、経営者、リーダー、マネジャーが良き経営、マネジメントを継続する上
で重要な特性の一つでもあります。
O部長、私は、10年前、たまたま私が「パワーの源泉」という理論を知って
いたことで経験学習のサイクルをうまく回すことができました。
あれから10年、二人とも、経験学習のサイクルを回し続けています。
二人とも、持ち駒(有益な教訓)の数、バリエーションは増えました。