vol.4
2011年10月30日(日)
「早くしろー。こら!」
「業績の見通は聞いていない!お前はこの1週間で何をやるつもりなのか!数字と一緒に報告しろ!」
「言ったことは守れ!守れない奴は辞めろ!」
10年前、S食品製造販売会社(ある大企業の子会社)では、顔を真っ赤にして感情を露わにしたT氏の怒鳴り声が職場に響き渡っていました。
当時、T氏は30代後半。
若い頃あるスポーツを通じて精神、体を鍛え抜きました。
体格は堂々たるものです。
業績悪化に業を煮やした親会社の子会社管理担当役員から依頼があり、私はS社の業績改善を
目指した仕事に携わることとなりました。
T氏と私の付き合いはこの時からです。
この頃私は経営コンサルタントとして駆け出したばかり。
今だから言えますが、やる気や体力、熱意はあるものの、「本質的なところはあまり分かっていない」、「机上論と現実論の区別がままならない」、いわゆる「新米」「甘ちゃん」でした (^_^;;。
S社では、T氏に委縮し、持っている力を発揮できなかったり、会社を辞める社員が続出していました。
T氏は苛立っていました。
理由は、悪化の一途をたどる業績、親会社からの出向役員との営業方針の対立(※T氏はプロ
パー社員です)、思うように動かない社員。その上、私のような新米の経営コンサルタントと一緒に仕
事をせねばならない・・・。
ターゲット(狙うお客様)、プロダクトミクス(製品のくくり、品ぞろえの幅と深さ)、営業体制・組織、管
理会計制度等に関して、維持すべきこと、変えることが明らかにされ、改善策として着実に実行され
ていきました。
さすがT氏。
「変えると決めたこと」は絶対に変える。
ぐいぐい社員を引っ張るT氏には尊敬の念さえ抱きました。
ただ、変えることができないことが一つありました。
T氏のリーダーシップスタイルです。
細かく指示する。明確に指示する。
大声で怒鳴る。
言い出したことは、適切でないと分かっても、がんとして曲げない。
・・・
ある時、T氏と一杯やっている最中、彼がポツリともらしました。
「私は足りていません・・・」
「えっ、何が足りてないんですか?」
「私の理想は、強くて、堂々としていて、決めたことは絶対実行する、ぐいぐい皆を引っ張る、社外のz
どんな方々にも物おじせず接することができる、こんなリーダーなんです。」
「でも本当の私は、こうではないんです」
T氏の言っていることは正しい。
本当のT氏は、静かに物事を着実にこなす、あまり他者とのやり取りを得意としない(好まない)、他者の感情に過剰なくらい配慮されるタイプの方なのです。
「”本当の”T氏」というより、「”自然な”T氏」「”無理のない”T氏」と表現した方がわかりやすいで
しょうか。
なぜ、T氏は、”本当でない”、”不自然な”、”無理をした”T氏でいるのか(演じるのか)?
業務上、現在の演技が有効であることをT氏は十分に分かっているからです。
※T氏本人は演技しているという自覚は、この時点では、ありません。
また、T氏のライバル的存在であるW氏が現在のT氏と極めて似ているリーダーシップスタイルを
とっていることから、T氏としてはW氏にはこのリーダーシップスタイルの点でも負けられないという思
いがあるのです。
T氏の細かく指示したり、大声で怒鳴ったりするリーダーシップスタイルはS社存続のためには必要
だと私は認識していました。T氏のような方がいないと、労働条件が悪いS社のような会社では、組織
マネジメントがうまく機能しないのです。
しかし、一方で、高い退職率を下げるという課題がある。
この課題をクリアしないと、業務の習熟効果が働かず、社内コスト(人件費)を下げることはできない。
「Tさん、”自然な”、”無理のない”Tさんでもやってみませんか(素の自分を、仕事上で、もっと出し
てみませんか)・・・」
私はT氏に対して、自分に言い聞かせるように、独り言のようにつぶやきました。
私には”本来の”T氏でも十分にS社をリードしていくことができるという確信があったのです。
ある目標の達成を目指す場合において、目標達成に必須の知識や技能等で不足しているものが
あれば、それらを鍛え、充足しなければなりません。
しかし、既に有している知識、技能や「その人物の持ち味」を活かせば(発揮すれば)、目標達成で
きるのであれば、足りていない点を鍛えたり、「持ち味でないものを(わざわざ)発揮する」必要はない
可能性があります。
「足りていない知識・技能等を鍛える・伸ばす」が目標を達成したり、成果を創出したりする上にお
いて必要なことも多々あるでしょう。
「”本当の””自然な””無理のない”自分ではないが、職責や立ち場上必要な自分(役回り)を演じ
る」ことが求められる状況もあります。
国民性なのでしょうか。
「足りていない点」を補ったり、「できない」ことを「できる」ようになることを一生懸命に目指す方が多
いように感じます。
真面目と言えば真面目なのです。
「足りている点」、「(自分、その人)らしさ」、「(自分の、その人の)持ち味)」を認める・称える、積極
的に活かす・使うという意識を、私たちはもっと強く持つべきではないでしょうか。
昨今注目を浴びているポジティブ心理学は”強み”に着目し、”強み”を活かすことの効用を科学
的に証明しています。
T氏の苛立ちは徐々に少なくなっていったように思います。
T氏は現在、S食品製造販売会社(大企業の子会社)の営業統括の役員として、S社を引っ張って
いっておられます。
「細かく指示することもあるが、任せる時は十分に任せる」など成熟されたビジネスマン、リーダー
へと成長されました。
現在、40歳後半。
T氏のますますのご活躍を切にお祈り申し上げる次第です。