Vol.33 2012年6月21日(木)
その日の経営会議では、昇進した経営幹部が担当部門の将来構想を語る
時間が設けられていました。
若くして抜擢されたH部長が将来構想を語り終えた直後のことです。
「部長として素晴らしい人格を目指したい?いいことだ。で、それで食ってい
けるのか?」
社長がおっしゃいました。
ほんの数秒ですが、沈黙の時が流れました。
H部長は、社長の問いの真意をはかりかねたのでしょう。
社長の言葉には省略(された言葉)があったのだろうと思います。
省略されたのは、「だけ」という言葉です。
「で、それで食っていけるのか?」は、省略された言葉を補うと、「で、それ”だ
け”で食っていけるのか?」となります。
また、”食っていけるのか?”はメタファーが使われています。
社長の言葉「食っていけるのか?」は、メタファーを使わないと、「儲かるの
か?」、「儲かり続けるのか?」、「経営を継続できるのか?」となります。
多少の飛躍がある可能性をお許しいただき、社長はH部長に次のようなことを
おっしゃりたかったのではないでしょうか。
「部長として素晴らしい人格を目指したい?いいことだ。で、人格”だけ”で儲か
るのか?人格”だけ”で儲かり続けるのができるのか?儲かり続ける(経営を継
続する)上で、人格以外にも重要なことがあると私は思うが、君はどう考える? 」
儲かり続ける(経営を継続する)上で、人格以外に重要なこと、それは一体何
なのでしょうか。
人格以外の重要なこと、を考えるためには、「人格とは何か」について押さえて
おく必要があります。
人格には様々な定義があるかと思いますが、「人格」は、「彼は人格者だ」とい
う使われ方をすることから分かるように、
・思いやりがある
・公平である
・自分を犠牲にして他者のために尽くす
・謙虚である
・感謝の気持ちを常に持っている
・人の気持ちを大切に扱う
など、
「多くの人が好ましいと感じる、価値判断的色彩を含んだ、個人を特徴づける持
続的で一貫した行動様式」
とここでは定義しておきます。
この人格の定義を前提に、
「で、人格”だけ”で儲かるのか?人格”だけ”で儲かり続けるのができるのか?
儲かり続ける(経営を継続する)上で、人格以外にも重要なことがあると私は思う
が、君はどう考える? 」
という社長の問いに戻ります。
儲かり続ける(経営を継続する)上で人格以外の重要なこと、とは何でしょうか。
私がとっさに思い浮かべたのは、次の3つです。
一つ目は、権謀術数的な『マキャヴェリ的知能』です。
先に「多くの人が好ましいと感じる」のが人格だとしました。
この反対の、「多くの人が好ましいとは感じない」であろうマキャベリ的知能も、
儲かり続ける(経営を継続する)上では必要です。このことを社長はH部長に考え
て欲しかったのではないでしょうか。
マキャヴェリ的知能 Machiavellian intelligence
バーンとホワイト(Byrne,R.&Whiten,A.1988)は、チンパンジーなどの高等霊長類動
物の集団活動において、連合形成やあざむきなど、生き残るために発揮される様
々な権謀術数的行動を観察した。そこでバーンらは、物理的世界で事物を処理す
る時に発揮されるテクニカルな知能に対し、社会的世界で他の個体(個人)をどう
扱うかに関して発揮される能力のことをマキャヴェリ的知能とよんだ。
中島義明、安藤清志、子安増生他(1999)『心理学辞典』有斐閣 pp.807
『Wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E7%9A%84%E7%9F%A5%E6%80%A7%E4%BB%AE%E8%AA%AC
二つ目は、『合理性(論理の法則)』です。
言うまでもないことで恐縮ですが、合理性(論理の法則)」は儲かり続ける(経営
を継続する)上で大変重要です。戦略論(戦略フレームワーク)、因果や影響を考
える際にベースとなる統計学的基礎知識などについて社長はH部長に「今一度しっ
かり勉強し直せ!」と伝えたかったのではないでしょうか。
H部長は人情家でもあります。社長は「合理に徹すべき時は徹せよ」「人情と合
理は切り離せ(脱浪花節)」ともおっしゃりたかったのではないでしょうか。
三つ目は、バランス力です。
何と何のバランスのなのか。儲かり続ける(経営を継続する)上で人格以外の重
要なこととして既に挙げた、『マキャヴェリ的知能』と『合理性(論理の法則)』のバラ
ンスです。
『マキャヴェリ的知能』と『合理性(論理の法則)』が相乗化される際のリスクを抑
止するために、この両者のバランスをとる力が儲かり続ける(経営を継続する)上
では必要です。
リスクとは、経営トップ、リーダー、マネジャー等の「マキャヴェリ的知能」と「合理
性(論理の法則)」が組み合わさり、そしてそれらが一体化してひきおこす経営の
暴走です。
経営の暴走により、儲からなくなるばかりか、経営の存続に著しく困難をきたす状
況を私は間近で多々見てきました。
「マキャヴェリ的知能』と『合理性(論理の法則)』は互いの力によってその力をよ
り発揮できます。その際、互いの力を過剰に活用し過ぎない(各々の力を発揮し過ぎ
ない)ことが肝要です。この点、微妙なさじ加減が求められます。
社長は、「マキャヴェリ的知能」と「合理性(論理の法則)」について、この両者が一
体化した場合の恐ろしさ、危険性を、肌身を持ってご存じなのでしょう。
戦略論とマキャベリズムの相性
戦略論とマキャベリズムの手法は互いに相性が良くて、戦略論を得意とするリーダー
がマキャベリズムを取り入れたり、逆にマキャベリズムの行動パターンの人が「理論
武装」と称して戦略論を振り回し始めると、皆は怖いから社内でまともな議論などでき
ないまま、とんでもない戦略がまかり通るようになる。そのトップがよほど天才的経営
者でもない限り、やがて自作自演のものすごい失敗をしでかしその会社は破綻に至
る。一九八〇年代中頃にマスコミでちやほやされたあと倒産したベンチャー企業の経
営者のほとんどがこのパターンだった。
三枝匡(2003)『経営パワーの危機 会社再建の企業変革ドラマ』日本経済新聞社
pp.389-390
経営パワーの危機―会社再建の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)
←click!

ところで、 「マキャヴェリ的知能」と「合理性(論理の法則)」のバランスをとると述べ
ましたが、何がバランスをとるのでしょうか。バランスをとる主体は何なのでしょうか。
その一つが、「人格の力」ではないでしょうか。
人格とは、
・思いやりがある
・公平である
・自分を犠牲にして他者のために尽くす
・謙虚である
・感謝の気持ちを常に持っている
・人の気持ちを大切に扱う
など、「多くの人が好ましいと感じる、価値判断的色彩を含んだ、個人を特徴づける持
続的で一貫した行動様式」です。
(先の定義では述べませんでしたが、人格のバックボーンには、遺伝は当然として、
私は信念や信仰といった、形而上学的な何かが広がっているような気がしています。)
この「人格の力」が、「マキャヴェリ的知能」と「合理性(論理の法則)」のバランスをと
ることに一役買っています。
「人格の力」には、「マキャヴェリ的知能」と「合理性(論理の力)」がお互いの力によっ
て過剰に発揮されることをコントロールする役割があるとも言えます。
昇進、昇格やプロジェクトリーダーへの登用等においては様々な任用基準があるか
と思いますが、「マキャヴェリ的知能」と「合理性(論理の法則)」、そして「人格の力」の
3つの基準で考えた場合、他の部長候補者と比べてH部長に明らかに歩があったの
は「人格の力」です。
「人格の力」を持つH部長であれば、「マキャヴェリ的知能」と「合理性(論理の法則)」
を発揮しつつ、そして両者のバランスをとることもできる(暴走しない)。
社長は、直感的にこのように考え、H部長を抜擢されたのではないかと推察します。
科学的実証を踏まえない、私的な見解ですが、「人格の力」、「マキャヴェリ的知能」、
「合理性(論理の法則)」の中で、育成(教育)すること=変化させること、が総じて最も
難しいのが「人格格の力」であるように思えます。
競争に打ち勝ち、経営を継続するためには、「合理性(論理の法則)」「マキャヴェリ的知
能」をますます発揮しなければなりません。
「人格の力」の重要性はなお一層の高まりをみせると考えられます。
だからこそ、「H氏を部長に」という抜擢人事が行われたとも言えます。
対極にある二つの人間性
私の場合は、会社で仕事をし、また研究をする世界ではとことん合理主義であり、絶
対不思議なことは許さない。ところが、一歩会社を離れれば、その対局にある仏の世
界など、精神的な領域も信じられる。問題になるのは、そのように対極にある二つの人
間性がバランスを失っている場合です。仏の世界に没頭し、形而上学的、宗教的なも
のに傾斜すると、それを経営の場に持ち込む人がいます。極端な博愛主義(わけへだ
てのない平等な愛)で指導をするコンサルタントもいるようですが、これはとんでもない
話です。私は経営論においても「利他」の重要性を説いていますが、これにはちゃんと
合理性があるからお話ししているのです。ビジネスの世界では、徹底した合理主義、し
かし、それ以外ではロマンチストであり、形而上学的なことも考えられる人間でなくては
なりません。この両目のバランスがとれていなければ、一流の経営者にはなれないの
です。
稲盛和夫『京セラフィロソフィ』盛和塾事務局pp.230
経営、ビジネスにおいては、「人格の力」が「マキャヴェリ的知能」や「合理性(論理の
法則)」よりも重要、とは私には思えません(言い切れません)。いずれの力・能力も、
経営を担う次代のリーダーやマネジャーにとっては必須なのだと私は思っています。
プライベートな付き合いであるなら別です。
「人格の力」が最も重要。そう言い切れますが・・・。
【補足】
だけ【丈】 助詞 (副助詞)
(「たけ(丈・長)」から生じた語。タケと清音でも。体言・活用語の連体形を受ける)
@それと限る意。のみ。「彼はそれーが楽しみだ」「2人ーで話す」
A及ぶ限度・限界を示す。「やれるーのことはやる」
Bその身分・事情などに相応する意。「年長者―あって分別がある」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
メタファー
〔修〕 <隠喩・暗喩> metaphor
[新英和(第7版)・和英(第5版)中辞典 株式会社研究社]
隠喩
隠喩法の略。また、隠喩法による表現。暗喩。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
隠喩法(metaphor)
@ある物を別の物にたとえる語法一般。
A修辞法の一。たとえを用いながら、表現面にはその形式(「如し」「ようだ」等)を出さ
ない方法。白髪を生じたことを「頭に霜を置く」という類。暗喩法。⇔直喩法。
B修辞法の一。複数の物を内的・外的属性の類似によって同一化する技法。⇔換喩法
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
性格 character
個人を特徴づける持続的で一貫した行動様式を性格という。語源は、ギリシア語で「刻
みつけられたもの」「彫りつけられたもの」を意味することから、基礎的で固定的な面を
さすこともある。人格(パーソナリティ)と同じような意味で用いられることもあるが、習慣
的には、人格が個人が保っている統一性を強調しているのに対し、性格は他者とは違っ
ているという個人差を強調する際によく用いられる。また、人格には価値概念が含まれ
ており、評価された性格が人格であるという見方もある。
中島義明、安藤清志、子安増生他(1999)『心理学辞典』有斐閣 pp.480
パーソナリティ personality
人の、広い意味での行動(具体的な振る舞い、言語表出、思考活動、認知や判断、感情
表出、嫌悪判断など)に時間的・空間的一貫性を与えているもの、 と定義される。似た言
葉に気質(temperament)があるが、この場合は遺伝的な影響の大きいものを想定し
ている。性格(character)との区別は実際のところさほど明確ではないが、character
が「刻みつけられたもの」という意味の言葉から派生し、personalityが「仮面」(ペルソ
ナ persona)という言葉を語源にもつことからわかるように、後者には、比較的変化のあ
る外界との適応のさまを表面的に捉えたものであるという意味がある。なお日本語の「人
格」には「人格者」という言葉があることからわかるように価値判断的色彩が強いので、
学術的にはパーソナリティという表現が好まれる傾向にある。
中島義明、安藤清志、子安増生他(1999)『心理学辞典』有斐閣 pp.686
心理学辞典
←click!

合理
道理にかなっていること。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
合理性
@道理にかなっていること。論理の法則にかなっていること。
A行為が無駄なく能率的に行われること。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
合理主義(rationalism)
一般に理性を重んじ、生活のあらゆる面で合理性を貫こうとする態度。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
道理
@物事のそうあるべきすじみち。ことわり。「そんなことが許される―がない」
A人の行うべき正しい道。道義。「―にはずれた行為」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
形而上学(metaphysics)
(元来「自然学の後に置かれた書」(ta meta ta physikaギリシア)の意で、ロドスのアン
ドロニコスがアリストテレスの死後、著書編集の際に、存在の根本原理を論じた書を自
然学書の後に配列したことに由来)
@アリストテレスのいう第一哲学。哲学史・問題集・定義集・実体論・自然神学の5部か
ら成る。
A現象を超越し、その背後に在るものの真の本質、存在の根本原理、存在そのものを
純粋思惟により或いは直観によって探究しようとする学問。神・世界・霊魂などがそ
の主要問題。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]